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東京高等裁判所 平成6年(ネ)5404号 判決 1998年4月27日

控訴人

ジェー・シー・パール株式会社

右代表者代表取締役

由地信太郎

右訴訟代理人弁護士

賀集唱

千葉昭雄

大森勇一

辰野守彦

萩原新太郎

田中宏

被控訴人

山種証券株式会社

右代表者代表取締役

久保秀文

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

池田秀雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二三億円及びこれに対する平成三年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用(当審における予備的請求に係る訴訟費用を含む。)は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主位的請求

被控訴人は、控訴人に対し、金六六億円及びこれに対する平成三年六月二七日から平成五年九月三〇日まで別紙一の一ないし九記載の、平成五年一〇月一日から支払済みまで年六分の各割合による金員を支払え。

3  予備的請求―当審における追加請求

(一) その一

被控訴人は、控訴人に対し、金六七億七四九三万円及びこれに対する平成三年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) その二

被控訴人は、控訴人に対し、金三八億二五〇五万六〇〇〇円及びこれに対する平成三年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

第二  事実

一  事案の概要

本件は、控訴人が、平成二年九月二六日、被控訴人の斡旋により訴外菱樹エンタープライズ株式会社(以下「菱樹」という。)からその保有の株式(以下「本件株式」という。)を六三億八一〇〇万円で買い受け、これを被控訴人が同年一二月二六日に六六億円で買い戻すこと等を内容とする資金運用に関する合意が被控訴人との間に成立したとして、被控訴人に対し、

(主位的請求として)

1 第一に、右合意に基づく債務に関し、同年一二月二六日、「被控訴人は金六六億円を平成五年九月三〇日限り控訴人に支払う。その間の利息は別紙一の割合による。」との内容の和解契約(以下「本件和解」という。)が成立したとして、和解金六六億円及びこれに対する平成三年六月二七日から平成五年九月三〇日までは、約定の別紙一の一ないし九記載の割合による利息の、弁済期の翌日である平成五年一〇月一日から支払済みまでは商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を、

2 第二に、前記合意が右株式を担保とする金銭消費貸借契約であり、又は、仮にそうでないとしても、右株式の買戻条件付売買契約であるとして、貸金返還又は買戻代金として金六六億円及びこれに対する弁済期の後である平成三年六月二七日から平成五年九月三〇日までは約定(年一二パーセント)の遅延損害金の内金として別紙一の一ないし九記載の割合による金員、平成五年一〇月一日から支払済みまでは商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を、

(予備的請求として)

1 (その一)被控訴人の被用者(取締役第一事業法人部長)であった安田茂(以下「安田」という。)は、違法な勧誘行為により、平成二年九月二六日、控訴人をして菱樹に株式代金名下に金六三億八一〇〇万円を交付させ、もって控訴人に同額の損害を与えたものであるとして、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として金六七億七四九三万円(前記損害額に弁護士費用金三億九三九三万円を加算したもの)及びこれに対する不法行為の後である平成三年六月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、

2 (その二)被控訴人の被用者であった安田は、違法な勧誘行為により、平成二年九月二六日、控訴人をして菱樹から時価より乖離した著しく高額の六三億八一〇〇万円で本件株式を買い取らせたが、控訴人が平成三年一月七日に菱樹から引き渡しを受けた株式の同日における時価評価が合計二七億八二九〇万円となることから、前記菱樹に支払った六三億八一〇〇万円から右二七億八二九〇万円を控除した三五億九八一〇万円相当の損害を被ったとして、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として三八億二五〇五万六〇〇〇円(右損害額に弁護士費用二億二六九五万六〇〇〇円を加算したもの)及びこれに対する不法行為の後である平成三年六月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、

それぞれ求めた事案である。

二  争点

(以下においては、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法を「旧証券取引法」といい、右改正後の証券取引法(平成四年一月一日施行)及び平成四年法律第八七号による改正後の証券取引法を含めて「改正証券取引法」という。)

1  本件和解契約成立の有無(控訴人の主位的請求1関係)

(一) 控訴人の主張

(1) 控訴人は、平成二年九月二六日、被控訴人の取締役第一事業法人部長であった安田の申入れにより折衝の結果、安田が差し入れた「資金運用の提案」と題する控訴人代表者あての手書きの書面(甲一。以下「本件提案書」という。その内容は別紙五のとおり。)の内容による合意に基づき、被控訴人が指定した菱樹に対して六三億八一〇〇万円を支払った。

(2) 被控訴人は、同年一二月一五日ころ、本件提案書による履行期日(同月二六日)にその履行ができないとして猶予を申し入れたことから、控訴人との間で同月一九日以降交渉が開始された。控訴人は、本件提案書に基づく被控訴人の責任を「買戻し義務」すなわち融資金返還義務であるとしてその履行を求め、支払猶予に応じるかどうかは条件次第であると主張したのに対し、被控訴人は、本件提案書に基づく被控訴人の責任は「売却の斡旋不履行に基づく責任」であると主張した。そこで、双方の要求、主張の対立を解決するため、互譲した結果、同月二八日、被控訴人代表取締役会長である山崎富治作成に係る控訴人の親会社の阪和興業株式会社(以下「阪和興業」という。)代表取締役社長である北茂あての手書きの念書(甲一六の1。以下「本件念書」という。その内容は別紙六のとおり。)が控訴人に対して差し入れられ、その内容による和解(本件和解)が成立したものである。このように、本件和解は、単に本件提案書に定める契約関係を双方が確認してその履行方法等を定めたいわゆる確認的和解ではなく、講学上の「創設的和解」であり、新たな債権発生原因となるものである。

(3) なお、本件念書の第4項所定の利息に関しては、同年一二月二六日ころに、利息計算はコマーシャルペーパーの期間である三か月ごととする旨の口頭の合意が成立し、その後、利息の支払は少なくとも六か月ごとに履行する旨の口頭による合意が成立した。そして、控訴人は被控訴人から、平成三年六月二六日に、この利息の合意に基づく同日までの利息三億四円の支払を受けた。

(二) 被控訴人の主張

控訴人の主張事実は否認する。

本件念書は、今後和解契約を締結する際に控訴人と被控訴人が最終的に双方の主張を整理し内容を確定することとして、草案程度の確認を行ったものにすぎないから、右念書によっても、本件和解は成立に至っていない。

なお、被控訴人が控訴人に対して控訴人主張のころ三億四円を支払ったことは認めるが、それは本件念書による和解の成立を前提とした利息の支払などではない。当時、被控訴人は、本件念書交渉の控訴人側の窓口となった控訴人の常任監査役である宮井重光(以下「宮井」という。)から「念書記載の期限から長期間経過したが、調達金利は当社―控訴人―が負担しているので、なんとかこの分だけでも支払ってほしい」旨の要請を受けたが、損失補てんとなるおそれがあるため、控訴人が外国国債を買い付け、これを被控訴人が高値で買い付けた形式を仮装して右金員を支払ったもので、控訴人もその趣旨を十分承知しているものである。

2  消費貸借契約の成立の有無(控訴人の主位的請求2関係その一)

(一) 控訴人の主張

(1) 控訴人は、平成二年九月二六日、被控訴人に対し、六三億八一〇〇万円を、利息年一二パーセント、弁済期同年一二月二六日、特約として、右弁済期に元本に利息一億九三〇〇万三三九七円のほか二五九九万六六〇三円を付加して(元本に組み入れることにして)合計六六億円を返済するとの約定で貸し渡した(以下「本件金銭消費貸借契約」という。なお、金銭の現実の交付先は被控訴人の指示した菱樹である。本件金銭消費貸借における元本は、六六億円で、被控訴人の承諾の下に利息及び諸経費を天引きした六三億八一〇〇万円を交付したともいえる。)。

(2) 本件消費貸借契約については、控訴人は、被控訴人との間で、本件提案書に基づき、菱樹の決算対策として、同社保有の本件株式を控訴人において六三億八一〇〇万円で買戻条件付でいったん買い取る形式で、右金員を被控訴人に貸し渡し、弁済期に右株式を被控訴人が六六億円で買い戻す形式で控訴人に返済するという合意の下に、これを成立させたものであり、本件株式は、右消費貸借契約における担保として授受されたものである。

(二) 被控訴人の主張

控訴人の主張事実は否認する。

3  買戻条件付売買契約の成立の有無(控訴人の主位的請求2関係その二)

(一) 控訴人の主張

(1) 仮に、本件消費貸借契約の成立が認められないとしても、控訴人・被控訴人間において、平成二年九月二六日、本件提案書に基づき、本件株式について、次の内容の買戻条件付売買契約が成立した(以下、争点の摘示欄においては「本件買戻条件付売買契約」という。)。

ア 控訴人は、被控訴人の斡旋・指示に従い、菱樹から本件株式を六三億八一〇〇万円で購入する。

イ 被控訴人は、控訴人から、平成二年一二月二六日限り本件株式を六六億円(購入代金に年一二パーセントの割合による金員及び控訴人の諸費用を加算した金額)で買い戻す。

ウ 右買戻代金の遅延損害金の割合は年一二パーセントとする。

(2) 本件提案書による買戻条件付売買契約(以下、この本件提案書による控訴人と被控訴人間の取引を「本件取引」ということがある。)の性質は、いわゆる「株式現先」であり、とりわけ当時資金を必要としていた被控訴人への融資を目的とするものである。

いわゆる「現先取引」(証券会社が顧客から買い戻す価格が事前に定められているところの買戻条件付売買)のうち、株式を対象とするものが「株式現先」であり、本件当時広く行われていた。被控訴人は控訴人が提供した資金をいわゆる「営業特金」であるかの如き主張をするが、そのようなものではない。「営業特金」は、投資判断を含めて株式売買による資金運用を証券会社に一任するものであり、この場合、損失が生じたり利益が少なかったりしないように証券会社との間で事前に損失保証契約ないし利益保証契約が締結されたり、事後に損失補てんが行われたりする。これに対し、買戻条件付売買たる「株式現先」では、ただ単に一定期間経過後に一定価格での買戻しが約定されるだけで、株式売買による資金運用を証券会社に託し投資判断を一任するという要素は一切ないから、損失保証とか損失補てんとかが問題となる余地がない。とりわけ、本件取引においては、各銘柄ごとに、安田が便宜割り振った買戻価格が設定されており、その間の運用すなわち株を売買して利益をあげることなど始めから念頭になく、本件取引が株式売買による資金運用の委託でないことは明白である。

その上、本件取引は、本来であれば、菱樹・被控訴人・控訴人三者の間において、被控訴人が控訴人から六三億八一〇〇万円の貸付を受け、この金員を菱樹に渡して菱樹から本件株式を取得し、その株券を控訴人に担保として差し入れるべきところ、手続を省略し、金員を直接控訴人から菱樹に渡し、株券を被控訴人から控訴人に差し入れたものである。被控訴人と控訴人の間は「買戻条件付売買」という形式は採っているものの、その契約の性質は、控訴人・被控訴人間の金銭消費貸借契約と担保差入れ以外の何物でもない。仮に形式に重きを置いて「買戻条件付売買」と解するにしても、時価がその半値程度の取引であることからも明らかなように売買契約において本質的な「等価値性」の要請に反するものであって通常の売買ではなく、融資を目的とするものであり、その法律的効果(例えば、改正証券取引法五〇条の三第一項一号の適用・不適用)については、金銭消費貸借契約と同一の処理をすべきである。

(二) 被控訴人の主張

控訴人の主張事実は否認する。

本件提案書に基づき控訴人・被控訴人間に成立した合意は、単なる投資運用委託契約であり、控訴人が貸金の返済額又は買戻代金額として主張する六六億円は被控訴人の提示した運用目標額にすぎない。

4  不法行為に基づく損害賠償請求の成否(控訴人の予備的請求関係)

(一) 控訴人の主張

(1) 特別利益の提供約束による勧誘

安田は、平成二年九月中旬、控訴人に対し、「菱樹保有の本件株式で、六三億八一〇〇万円を用立ててほしい。三か月後には、確実に本件株式の次の受入れ先を斡旋して、右金員に金利相当分を上乗せした六六億円を控訴人に支払わせるか、または被控訴人自身が自らその支払をする。」という趣旨を申し向けて勧誘し、これに応じた控訴人をして、同月二六日、右六三億八一〇〇万円を安田の指定する菱樹の銀行口座に振り込ませた。

ところで、当時における本件株式の時価総額は三四億六三一五万円であり、これを大幅に上回る六三億八一〇〇万円で控訴人が買い取ることに応じたのは、被控訴人が三か月後に時価を更に上回る六六億円で転売するか自ら買い取ることを書面(本件提案書)で確約して勧誘し、控訴人がこれを信じたことによるものである。

右安田による行為は、一定期間後に当該有価証券を時価を大幅に上回る価格で他の顧客に転売しもしくは自ら買い取ることを約束して勧誘する行為であり、旧証券取引法五〇条一項五号に基づく「証券会社の健全性の準則に関する省令」(平成三年大蔵省令第五五号(平成四年一月一日施行)前のもの。以下「旧健全性省令」という。)一条二号に規定する「特別の利益を提供することを約して勧誘する行為」に該当する違法行為である。旧証券取引法及び同法に基づく旧健全性省令が、特別の利益を提供することを約して勧誘する行為を禁止している趣旨は、そのような勧誘行為を行うことは顧客の主体的意思決定を誤まらせて証券取引に引き込むことであり、このような者が財産を失う可能性を高めるからである。すなわち、証券取引法等による取締は、個々の顧客の財産の安全保護の趣旨に基づくものである。したがって、これらの法規違反の行為は、いわゆる保護法規違反としてそれ自体不法行為を構成する。

(2) 詐欺又は証券取引法に定める「不正の手段」の行使

被控訴人内部においては、従前から、取得額に一定の利益を上乗せをして第三者への売却斡旋することや自ら買い戻すことを約束して株式の直取引の斡旋をすることは禁じられていた。それにもかかわらず、本件において安田は、三か月後に六六億円で受け入れてくれる次の取引先の斡旋ができない可能性があることを十分認識しながら、さらに、被控訴人において六六億円で右株式を引き取ったり右金員の支払約束を履行する見込みはなく、また、被控訴人の社内においてそのような契約を締結する権限を与えられていなかったにもかかわらず、これらの事実を秘匿し、前記のような言辞を用いて控訴人を勧誘し、欺罔して、本件株式買取代金名下に右六三億八一〇〇万円を支出させ、もって同額の損害を控訴人に与えた。

この安田の行為は、詐欺による不法行為を構成するのみならず、旧証券取引法五八条(改正証券取引法一五七条)の不正取引行為の禁止に違反する不法行為でもある。

(3) 断定的判断の提供

旧証券取引法五〇条一項一号(改正証券取引法も同じ。)は、有価証券の価格についての「断定的判断を提供して勧誘する行為」を禁止する。断定的判断の提供として通常考えられるのは、「間違いなく株価は上がります。」といった行き過ぎた推奨であるが、本件において安田が「三か月後には金利分上乗せして買い戻すか、あるいは転売先を斡旋する。」と述べて勧誘したのは、これよりも更に強い取引の勧誘であり、より断定的な判断の提供である。この点からしても安田の行為は不法行為に該当する。

(4) 注意義務違反

安田は、被控訴人本店の取締役第一事業法人部長であったから、被控訴人が株式の買戻しをする意思がないことは承知しており、三か月後に転売先が見付からなければ、控訴人に対し、その支出した六三億八一〇〇万円又はこの金額と三か月後の本件株式の時価との差額相当の損害を被らしめることは容易に予見できたはずである。したがって、安田は、六三億八一〇〇万円の支出に係る本件取引の勧誘をするに際しては、果たして転売先を見付けることができるかどうかを十分に調査、検討する注意義務を尽くさなければならなかった。にもかかわらず、安田はこの点について調査検討をしないまま、軽々に転売先を斡旋するとして勧誘し、控訴人に前記金額の支出をさせて同額の損害を与えたものである。

(5) 安田の前記不法行為は、被控訴人の事業の執行に付きなされたものである。したがって、被控訴人は民法七一五条に基づき使用者責任を負う。

(6) 控訴人の損害

(その一)

控訴人は、安田の違法な勧誘行為により、平成二年九月二六日、六三億八一〇〇万円を菱樹に支払ったから、右六三億八一〇〇万円が控訴人の損害となる。そして、弁護士費用三億九三九三万円(日本弁護士連合会報酬等基準規程に基づく着手金・報酬金の合計額)を加算すると、損害額は六七億七四九三万円となる。

(その二)

控訴人は、安田の違法な勧誘行為により、平成二年九月二六日、六三億八一〇〇万円を菱樹に支払ったが、一方この見返りとして、控訴人は本件株式のうち日本精線については平成二年一一月二二日に、その余の銘柄については平成三年一月七日にそれぞれ名義変更を受けており、本件株式が控訴人に帰属した時点での株式の時価総額は二七億八二九〇万円であるから、これを差し引くと、三五億九八一〇万円が控訴人の損害となる。そして、弁護士費用二億二六九五万六〇〇〇円(日本弁護士連合会報酬等基準規程に基づく着手金・報酬金の合計額)を加算すると、損害額は三八億二五〇五万六〇〇〇円となる。

(二) 被控訴人の主張

(1) 控訴人の主張事実はすべて否認する。

(2) 控訴人の主張する安田の違法行為というのは、結局安田が飛ばし斡旋を約束したのにそれを実現しなかったというものであるが、安田の申し出はその職務権限内の勧誘行為であり、利回りなどを示したのも努力目標に過ぎず、このことは控訴人も認識していたものである。むしろ、控訴人は親会社である阪和興業とともに飛ばしの受け皿となることに積極的であり、常習的に損失補てんを求めていた。控訴人は安田の利益保証に引かれて取引を開始したわけではなく、また安田が自ら積極的に利益保証を告げて取引の条件としたわけではない。したがって安田の行為が不法行為となる余地は全くない。

(3) また、安田の行為が仮に「特別の利益提供による勧誘」に該当するとして、このこと自体を不法行為とすると、「法律の抜け穴の利用」を容認することになる。

すなわち、旧証券取引法五〇条一項三号は損失保証を約しての勧誘を禁止し、同条五号に基づく旧健全性省令一条二号は特別の利益提供を約しての勧誘を禁止していた。更に平成元年一二月二六日付大蔵省通達は「損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもちろんのこと、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎むこと」と定めていた。しかし、これらの違反行為にはいずれも罰則がなく、法令の禁止に違反した者には行政処分が課される程度であり、しかも通達の違反者に対しては通達違反だけでは行政処分を課することもできなかったから、前記法令及び大蔵省通達による禁止は十分な法的効果ないし実効性を得ることが困難であった。そこで、平成三年法律九六号による改正により、前記法令で禁止されていた「損失保証による勧誘」及び「特別の利益提供による勧誘」は、改正証券取引法五〇条の三(損失補てん等の禁止)により禁じられ、違反者には刑事罰が科せられることになった。したがって、従前からの「損失保証」及び「特別の利益提供」による勧誘は、同条第一項の例えば「(損失の全部又は一部を補てんするため又は利益を補足するため顧客に対して)財産上の利益を提供する旨」を申し込み若しくは約束する行為に含まれることになったものである。かくして健全性省令にいう「特別の利益提供における利益」と改正証券取引法五〇条の三の「財産上の利益提供」における「利益」とは同一の範疇に属する。そして、「特別の利益提供」が損失補てん等の目的で提供される場合は、改正証券取引法五〇条の三の「財産上の利益提供」にも該当し、刑事罰の対象となる。ただ投資勧誘に当たり、損失補てん等の目的が認められない「特別の利益の提供」(例えば料亭等での接待、就職の世話、投票の約束等)が考えられる場合があり、これも違法な投資勧誘として禁止される必要があるから、改正証券取引法五〇条一項六号に基づく改正健全性省令二条二号として存置されていると考えられる。

控訴人は、安田の行為を「特別の利益提供による勧誘」に該当する不法行為と主張するが、仮に安田が特別の利益提供を約束したものであるとするなら、それは改正証券取引法五〇条の三の損失補てん等を目的とした「財産上の利益提供」と全く同一であり、控訴人は損失補てん等それ自体を不法行為と強弁するにほかならない。

利益保証したこと自体を不法行為と捉えるなら、顧客は利益保証を実現し得ないときは、いつでも損害賠償として実質的補てんを受けるという不合理な結果となってしまう。「飛ばし行為の是正を図る」という国会の附帯決議(乙七一)や、「行為類型をすべて網羅することは現実に困難であり、法律の抜け穴を利用した行為を容易に出現させないため損失補てん等の禁止規定を包括的に定めた」旨の法案審議における大蔵大臣の国会答弁(乙七二)からもそのような解釈は到底採り得ないことは明らかである。

5  本件和解契約の公序良俗違反の有無

(一) 被控訴人の主張

仮に、本件和解契約の成立が認められるとしても、右和解契約は、後記6(一)のとおり、公序良俗に違反して無効な本件買戻条件付売買契約について、その履行方法を合意したものであるから、結局、本件右和解契約もまた公序良俗に反し無効である。

(二) 控訴人の主張

本件和解契約においては、被控訴人から控訴人に支払われるべき六六億円の趣旨についての双方の解釈・主張の違いは違いとしてその支払が約束されたものである。約束されたのは、法的性質決定を経ない和解契約に基づく金銭(「和解金」・「解決金」のたぐい)の支払である。和解金・解決金であれば、本件和解契約の履行が改正証券取引法五〇条一項三号の損失補てん又は利益追加に当たらないことは明らかである。本件和解契約の後に五〇条の三が新設されたからといって、法律的な後発不能になるものではない。また、後記6(二)のとおり、本件買戻条件付売買契約は公序良俗に違反せず有効であるから、いずれにせよ、本件和解契約は公序良俗に違反せず有効である。

6  本件買戻条件付売買契約の公序良俗違反の有無

(一) 被控訴人の主張

仮に、本件買戻条件付売買契約の成立が認められるとしても、右契約は、以下のとおり、公序良俗に違反して無効である。

(1) 損失の負担を約して勧誘する行為は、旧証券取引法五〇条一項三号によって禁止されていたほか、旧健全性省令一条二号によっても、特別の利益提供を約して勧誘する行為が禁止されており、さらに、大蔵省証券局長平成元年一二月二六日付通達「証券会社の営業姿勢の適性及び証券事故の未然防止について」においても、損失保証及び損失補てんは禁止されていた。

これらの法令のほか、条理上投資家は利益保証を期待することが許されないことなどを併せると、旧証券取引法の下においても、損失保証及び損失補てんの約束は、いずれも公序良俗に違反して無効であるというべきである。

(2) 改正証券取引法五〇条の三第一項三号では、証券会社が自ら又は第三者をして損失補てんの実行をすることが禁止され、同法一九九条一の六号では、右規定の違反行為に対する罰則が定められている。これらの規定は、一般的網羅的に損失補てんの実行を禁止するものであり、改正証券取引法施行前にされた損失保証の約束に基づく損失補てんを特に除外する規定は存在しない。

したがって、改正証券取引法施行前にされた損失保証の約束に基づいて証券会社が同法の施行後に損失補てんを実行する行為も改正証券取引法五〇条の三第一項三号の規定により禁止され、これに違反する行為は処罰の対象になるから、同法施行前の損失保証の約束であっても、現在となっては、証券会社がこれを履行することは許されず、結局、右約束は、現在では公序良俗に違反し無効になったものというべきである。

(3) 株式の損失保証約束と買戻条件付売買契約は、確定金額の保証及びその実現という面で全く同一の目的及び機能を有するものであり、ただ、保証の内容それ自体を合意内容とするか、あるいは保証の内容どおりに買戻権を留保した内容とするかという法形式上の差異が存在するにすぎない。

したがって、仮に、本件買戻条件付売買契約の成立が認められるとしても、右契約は、改正証券取引法五〇条の三の規定が禁止する「財産上の利益を提供する」行為に当たるから、右(1)及び(2)のとおり、公序良俗に違反し無効なものというべきである。

(4) また、本件買戻条件付売買契約は、菱樹に生じた損失を控訴人が補てんすること及び右補てんによって控訴人に生じた損失を被控訴人が補てんの約束をすること、すなわち、被控訴人が控訴人を介在させて間接的に菱樹に生じた損失を補てんすることを内容とするものであるから、この点からみても、右(1)及び(2)のとおり、公序良俗に違反し無効なものというべきである。

(5) なお、本件買戻条件付売買契約においては、本件株式について時価と乖離した価格で売買が行われているが、右契約は、本件株式をめぐり、菱樹からコーラクに、コーラクから菱樹に、さらに菱樹から控訴人にと順次直取引が行われたその最終段階に位置するものである。そして、これらの直取引は、いずれも相互に独立した取引ではなく、当初に菱樹が被控訴人と行った証券取引上の損金が順次後送りされたものであり(いわゆる「飛ばし」)、その間の累積損金及び新規発生損金が加算された結果、時価と乖離した売買という「飛ばし」取引の特殊性を生じたものにほかならない。

したがって、このような取引形態も、本来、株式取引の投機性の市場原理に服すべきものであるから、改正証券取引法五〇条の三にいう「有価証券の売買その他の取引」に含まれ、同条の規制を受けるものというべきである。

(二) 控訴人の主張

(1) 旧証券取引法五〇条一項三号は単なる取締法規であって、これに違反する取引の私法上の効力には何ら影響を及ぼさないと解すべきであるから、同法の下での損失保証の約束は、なんら公序良俗に違反せず有効である。

(2) 改正証券取引法五〇条の三第一項三号では、証券会社による損失補てんの実行が禁止され、違反行為には罰則が定められているが、右(1)のとおり旧証券取引法の下で私法上有効であった損失保証の約束が改正証券取引法によって何らの補償もないまま無効とされるような法解釈は憲法二九条三項に違反し許されないものであるから、旧証券取引法の下における損失保証の約束に基づく損失補てんの実行には、右規定の適用がないというべきである。

そして、法律行為の効力は行為当時の法令に照らして判断すべきであり、公序良俗の判断の基準時も行為時であるというべきであるから、旧証券取引法の下で有効に成立した損失保証の約束は、その後の法令の改正によってもその効力に何ら影響を受けないものというべきであり、右約束は、改正証券取引法の下でも公序良俗に違反せず有効である。

(3) 改正証券取引法五〇条の三第一項一号は、「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」における財産上の利益提供に関する約束等を禁止しているが、右にいう「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」とは、いずれも当然の前提として、「相場の変動により」という修飾語が内包されているものと解すべきである。したがって、このことからも明らかなように、改正証券取引法五〇条の三第一項各号は、相場価格での取引を前提として、相場の変動に伴う損失の保証及び損失の補てんを禁止したものというべきであるから、時価と乖離した価格での株式の売買及び買戻しは、同条項による規制の対象にはならないと解すべきである。

前記のように、本件買戻条件付売買契約は、時価の二倍近い価格で株式を買い受け、後にこれを右価格に利回りを加えた価格で買い戻すというもので、その実質は「株式現先」であり、金銭消費貸借である。そこでは「損失補てん」の目的などは全くみられないから、改正証券取引法五〇条の三第一項一号に該当する余地はない。このことは、同条項号にいう「有価証券の売買その他の取引」から「買戻価格があらかじめ定められている買戻条件付売買その他の政令で定める取引」が除かれていることからも明らかである。もっとも、右政令(改正証券取引法施行令一五条の三)では、適用除外の範囲を公社債等の債券の買戻条件付売買に限定し、株式の買戻条件付売買を除外の対象としていない。しかし、株式の買戻条件付売買であっても売渡し価格と買戻し価格があらかじめ定められているような場合には、債券の買戻条件付売買と区別する合理的な理由はなく、政令が株式の買戻条件付売買を適用除外の対象にしていないからといって、本件のように「損失補てん」等の目的が全くみられない金融目的のいわゆる「株式現先」まで改正証券取引法五〇条の三第一項一号の適用の対象とするという解釈は正しくなく、したがって、本件買戻条件付売買契約は何ら公序良俗に違反するものではない。

(4) 菱樹が本件株式を取得した価格は明らかではなく、控訴人が菱樹から本件株式を買い受けたことが菱樹に対する損失補てんに当たるかどうかは不明である。

仮に、本件買戻条件付売買契約が、菱樹に対する損失補てんに当たるとしても、右契約における株式の売買価格は、被控訴人によって一方的に決められたものであり、控訴人は、どのような基準に基づいてその価格が決められたものかについては被控訴人及び菱樹から何も知らされていなかった。したがって、控訴人には、本件株式を買い受けたことが菱樹に対する損失補てんに当たるということの認識がないから、控訴人の右買受け行為に違法性はなく、本件買戻条件付売買契約が公序良俗に違反することはないというべきである。

7  不法行為に基づく損害賠償請求権の時効消滅の成否

(一) 被控訴人の主張

(1) 控訴人は、遅くとも平成二年一二月に被控訴人と不法行為の解決のため損害賠償の交渉を行ったことを自認している(控訴人の平成八年九月二四日付訴の変更申立書)から、その際に、安田の加害行為と損害の事実を知っていたことになる。そうすると、その時期から起算したとしても、控訴人が不法行為に基づく請求を追加した訴の変更申立書(平成八年九月二四日付)が被控訴人に送達された平成八年九月二五日までに三年以上経過しており、消滅時効が完成した。被控訴人は、平成九年七月七日の当審第一三回口頭弁論期日において、被控訴人の平成八年一〇月一六日付準備書面を陳述することにより、右消滅時効を援用した。

(2) 控訴人の後記主張は争う。むしろ、判例(東京高裁昭和五七・七・一五判例時報一〇五五号五一頁)は、契約責任による損害賠償請求権と不法行為による損害賠償請求権は実体法上別個独立の請求権と解するのが相当であるから債務不履行による損害賠償請求の主張をもって直ちに不法行為による損害賠償請求権についても裁判上の請求があったものと認めることはできないとしており、最高裁第三小法廷昭和五〇・二・二五判決(民集二九・二・一四三)も同様の見解に立っていると考えられる。

(二) 控訴人の主張

(1) 被控訴人の右主張は争う。

(2) 不法行為の消滅時効の起算点は「損害及び加害者を知りたるとき」(民法七二四条)である。損害を知りたるときとは、単なる損害発生の推定又は危惧だけでは十分でなく、加害者の行為が違法なものであること並びにそれによって損害の発生したことの両者を被害者が知らなければならない。

控訴人は、主位的には、被控訴人との和解契約や当初の合意(金銭消費貸借契約又は買戻条件付売買契約)に基づく被控訴人の金銭支払義務の履行を求めて提訴している。控訴人の右請求が認められれば控訴人に損害はない。控訴人が安田の不法行為によってその出捐に係る金員相当額の損害を被ったことを知ったのは、平成八年七月三日の当審第九回口頭弁論期日における証人小島重常の証言により、安田の行為の違法性が明らかになったことによるが、これを確実に知るのは、主位的請求についての請求棄却の裁判が確定する時点である。本件ではまだそのような裁判が確定していないから、消滅時効の起算点にも至っていないというべきである(東京高裁昭和五二・八・三一、判例時報八七一号三九頁参照)。

被控訴人が、基礎となる事実を同じくする関係に立つ複数の請求権の一方について提訴されても、他方の消滅時効の進行は妨げられないことを判示するものとして援用する二つの判例は、本件と事案を異にし、適切でない。

第三  争点に対する判断

一  本件の経緯について

証拠(甲一ないし一〇、一一及び一二の各1ないし5、一三及び一四の各1ないし13、一五、一六及び一七の各1、2、一八、一九の1、2、二〇、二一の1、2、三一の1、2、三二、三三、三四の1ないし12、三五の1ないし3、三六の1ないし4、三七ないし四〇、四一及び四二の各1ないし13、四三、乙一ないし五四、五六、五九ないし六六、七七ないし七九、八五ないし八七、原審における証人安田茂、原審及び当審における証人宮井重光、当審における証人五十嵐良夫、同小島重常の各証言。以下「原審証人宮井」、「当審証人小島」の如くに表示する。)及び弁論の全趣旨によれば、本件の経緯として次の事実が認められる(なお、各項末尾に、その項に特に関係の深い証拠を適宜掲げた。)。

1  控訴人は、阪和興業傘下の関連企業の一つで、有価証券投資や金融などを業とする株式会社である。

被控訴人は有価証券の売買等を業とする証券会社であるが、従前から個人投資家中心の一般営業を重視し、法人投資に関する営業は他の証券会社と比較してやや出遅れた体制になっていた。そこで、被控訴人は昭和五九年ころから法人投資に関する営業体制を重視してその強化を図り、昭和六〇年三月には第一事業法人部が発足して、安田が第一事業法人部長に就任した(乙五九、原審証人宮井、同安田)。

2  被控訴人の第一事業法人部の業績は、安田らの努力により着実に拡大していったが、その過程では顧客との間で一任的に株式売買による投資運用を委ねられる「営業特金」と呼ばれる資金の預託を受け、運用することもあった。その場合、安田らは「握り」と呼ばれる方法、即ち顧客に対し市中金利に数パーセント加算した利回りを保証ないし約束し、投資資金の運用を勧誘することがあった。そして、証券市場が好調な場合は、安田らの行った「握り」により保証ないし約束された利回りよりも概ね高い水準で投資資金の運用実績も上がり、特に問題が表面化することはなかった。しかし、昭和六二年一〇月のいわゆるブラックマンデー以降株価は不安定要素を増し、顧客が購入した株式に多額の含み損が生じたり、顧客に保証ないし約束した利回りで投資資金の運用が行われない場合が生じた。こうした場合には、安田は、評価損の生じた株式を他の法人(「受け皿会社」)に時価よりも高い価格で買い取って一定期間保有(「買い持ち」)してもらい、受け皿会社に対しては右期間経過後に右買取価格に更に一定の利回りを加算した額で別の法人に売却斡旋することを約束するいわゆる「飛ばし」と呼ばれる手段を講じる場合があった(この場合、株式が法人から法人へと転々流通する間に株価が上昇すれば、時価と買取価格の一致をみて問題は表面化しないが、株価が下がる一方であれば、時価と買取価格との乖離が漸次拡大していくことになる。)(乙五九、原審証人宮井、同安田)。

3  三菱樹脂株式会社を親会社とする菱樹は、昭和五九年八月二〇日に被控訴人に取引口座を開設し、以来被控訴人を通じて証券取引を行ってきたが、平成二年三月ころ、それまで被控訴人を通じて証券市場から取得した別紙二の「菱樹→コーラク」欄記載の日本インターほか一二社の株式合計二五九万株について、株式相場の下落による著しい評価損が発生していた。そこで、同月末日に決算期を迎えることになっていた同社は、決算に当たり、右株式の評価損を損失として計上することを回避するため、被控訴人の本店第一事業法人部長であった安田茂に対し、右株式を時価よりも高い価格で買い取ってくれる相手を紹介するよう依頼し、安田は、右依頼に応じて、阪和興業傘下の関連企業の一つである訴外株式会社コーラク(以下「コーラク」という。)を右株式の買取り先として菱樹に紹介した。

コーラクは、同年三月二八日、別紙二の「菱樹→コーラク」欄記載のとおり、菱樹からいわゆる直取引により右株式を合計四五億七二〇〇万円で買い受けた(甲六、九、一三の1ないし13、四一の1ないし13、乙六〇、六六、原審及び当審証人宮井、原審証人安田)。

この際、安田は、同月二九日付で、阪和興業に対し、「山種証券株式会社取締役第一事業法人部 部長安田茂」の肩書で署名捺印した次のような形式と内容の書面を差し入れた(甲九)。

「阪和興業株式会社専務取締役松村寿雄殿

平成二年三月二九日

山種証券株式会社取締役第一事業法人部

部長 安田茂(印)

下記要領にて運用をお願申し上げます。

1、銘柄…株式

1、金額…四、六〇〇百万円

1、期間…平成二年三月二九日〜平成二年六月二〇日

1、利率…10.5%

1、運用会社…(株)コーラク

1、その他…相互に協議いたします。

以上誠意をもって履行致します。

4  ところで、被控訴人と控訴人の親会社である阪和興業との取引は昭和五二年ころに始まったが、右安田の斡旋による菱樹保有株式の取引とはその対象となった株式の銘柄が異なるものの、甲九と同様の趣旨の安田名義の書面(「依頼書」と題したもの。)が、阪和興業傘下の運用会社トーヨー建鉄株式会社(昭和六三年一二月二六日付、金額三〇億円、期間昭和六三年一二月二六日〜昭和六四年四月一四日、利回り年7.8%以上としたもの。甲七)、運用会社エスケーエンジニアリング株式会社(平成元年二月二〇日付、金額三五億円、期間平成元年二月二〇日〜平成元年五月二二日、利回り年7.75%以上としたもの。甲八)、運用会社エイコーキャピタル株式会社(平成元年三月二四日付、金額四〇億二五〇〇万円、期間平成元年三月二四日〜平成元年六月二三日、利回り年8.0%以上としたもの。乙一)、運用会社株式会社洋楽(平成元年四月二〇日付、金額四〇億八〇〇〇万円、期間平成元年四月二〇日〜平成元年七月一四日、利回り年8.0%以上としたもの。乙二)、運用会社大萩工業株式会社(平成元年五月一六日付、金額四四億二四〇〇万円、期間平成元年五月一六日〜平成元年九月四日、利回り年8.0%以上としたもの。乙三)についても作成されており、これらからみると、阪和興業はこれらの傘下関連会社の名で安田に一定の資金運用を委ね、安田が約束した利回りかそれ以上の利益を得たり、本件の場合と同様安田の依頼に応じて時価から乖離した価格で他の法人(例えば東京証券金融株式会社、マルヤビジネス株式会社、菱樹等)との間で市場を通さない直接の売買によるいわゆる「飛ばし」の当事者となったことがあるものと認められる(甲七、八、乙一ないし四一、五九、原審証人宮井、同安田)。

なお、被控訴人は、本件株式に関する安田の斡旋による控訴人ないし阪和興業と被控訴人との取引が継続的ないし連続的取引の最終段階に位置するものである旨主張するところ、乙六三ないし六六と弁論の全趣旨によれば、被控訴人とその顧客である菱樹との間では市場内外での株式売買による資金運用の契約関係が継続しており、本件株式に関する「飛ばし」取引の依頼もその一環をなすものであることが認められるが、阪和興業傘下企業ないし控訴人が関与した前記3及び後記5、6の菱樹からコーラクへ、コーラクから菱樹へさらに菱樹から控訴人への「飛ばし」の流れは、本件株式が中心とはなっているものの、対象銘柄がすべて一致しているわけではなく(すなわち菱樹の取引口座においては、取引対象株式の銘柄差替(売買)が行われているが、コーラクが保有する段階で銘柄差替が行われたとか、それが予定されていた等の事実を認めるべき証拠はない。)、右の三つの取引の流れも、本件株式を主体として控訴人側から見る限り、安田が介在した単発的取引として「飛ばし」の当事者(「受け皿会社」)となった以上の関係は認められない。

5  コーラクは、前記3の取引後、安田の斡旋による直取引により、別紙二の「コーラク→菱樹」欄記載のとおり、平成二年六月一日及び同月一八日、前記株式(ただし、株式数は、無償増資分二万四〇〇〇株多くなっている。)を合計四六億九四四〇万円で菱樹に売却した(甲一四の1ないし13、四二の1ないし13、乙六六、原審及び当審証人宮井、原審証人安田)。

6  菱樹は、同年九月ころ、コーラクから買い戻した前記株式の一部及び右買戻し後被控訴人を通じて証券市場から取得した株式等について、株式相場の一層の下落により評価損が発生又は拡大したため、同月末日の中間決算に右株式の評価損を損失として計上することを回避することを企図し、再度、安田に対し、前同様に右評価損の発生している株式を時価よりも高い価格で買い取ってくれる相手を紹介するよう依頼した(甲六、乙五九、原審及び当審証人宮井、原審証人安田)。

安田は、右依頼に応じて、九月二〇日ころ、阪和興業の専務取締役松村寿雄に対し、阪和興業傘下の企業において菱樹保有の前記評価損の発生している株式を安田申出の金額で一定期間買い持ちするように申し入れた。阪和興業社内では、当時、時価から乖離した価格で株式を取得した場合には、証券会社のみならず事業会社であっても交際費あるいは寄付金としての課税対象になるとの新聞記事が出ていたこともあって、顧問税理士に相談したところ、同税理士から「形式的に株式の売買であっても、株式を担保とする金銭消費貸借または買戻条件付売買のように、実質的に株式担保金融に該当する取引ならば、実質課税の原則に照らして寄付金問題は発生しない。」との回答を得た。そこで、阪和興業では当時の常勤監査役の宮井から安田に対し、従前差し入れられていた「依頼書」と題する書面(甲七ないし九、乙一ないし四)のような預託された資金を一定期間運用するという形式のものでなく、控訴人が一定の金額で株式を購入し、一定期間経過後に所定の金額で被控訴人もしくは被控訴人指定の第三者が買い戻すことを明示した形式の書面の差し入れを求め、その原案を安田に渡した。そして、両者間において折衝した結果、安田は、被控訴人取締役第一事業法人部長の肩書きで署名捺印した「資金運用の提案」と題する控訴人代表者あての手書きの本件提案書(甲一。別紙五参照。)を控訴人に差し入れた。

なお、本件提案書の別紙に添付された別紙二の「菱樹→JCP」欄記載の各株式の金額及び別紙三の一二月二六日付各株式の買戻予定価格は、それぞれ合計が前者は六三億八一〇〇万円、後者は六六億円となるよう安田が控訴人の同意を得て適当に割り振った数字であった。

控訴人は、これを受けて、同月二六日、別紙二の「菱樹→JCP」欄記載のとおり、菱樹から、浅川組ほか一二社の株式合計三〇四万株(本件株式)を取得し、菱樹に合計六三億八一〇〇万円を交付した(甲一、六、一九の1、2、二一の1、2、乙四二ないし五四、五九、六六、原審及び当審証人宮井、原審証人安田)。

7  控訴人が平成二年九月二六日に菱樹から本件株式を取得し、菱樹に六三億八一〇〇万円を交付した当時における右株式の時価は、別紙三の同日の時価欄記載のとおり合計三四億六三一五万円であり、また、同年一二月二六日の時点における右株式の時価は、別紙三の同日の時価欄記載のとおり合計二八億一八一五万円であった。なお、本件株式についての控訴人の取得価格と時価との対比及び本件提案書に基づく同年一二月二六日の買戻価格と時価との対比は、別紙三の市場欄に対応する約定欄のとおりである(争いのない事実、甲一〇、一一及び一二の各1ないし5)。

8  しかしその後、安田が本件提案書において約束したような平成二年一二月二六日までの被控訴人による買取りや第三者への売却斡旋を実現する見込みは立たなかった。被控訴人上層部は、平成二年一一月ころには安田から本件提案書の差入れの経過と内容を知らされたが、市場外で時価と乖離した価格で、自ら株式を買い付け又はその売却の斡旋をすることは、東京証券取引所の会員証券会社として許されないのみならず、当時においても既に問題となっていた「損失補てん」に該当するおそれがあり本件提案書のとおり平成二年一二月二六日に本件株式を買い戻すことは困難であるとの認識から(当審証人小島)、同年一二月中旬から下旬にかけて、被控訴人の代表取締役会長山崎富治や代表取締役専務山崎稔らが阪和興業代表取締役社長北茂らに面会するなどし、履行期限の猶予等を求めて阪和興業と数回話し合った。その中で、阪和興業側は、被控訴人に買戻義務の不履行があることの確認、額面六六億円の約束手形の振出又は為替手形の引受、即決和解による債務名義の確保等を要求し、この要求が満たされるなら、一年位の期限猶予に応じてもよいし、金利も阪和興業が発行するコマーシャルペーパー(「CP」)のレートにプラス0.5パーセント及び金利後払いに伴う加算利率0.4パーセントまで譲歩してもよいこと、被控訴人と控訴人との間の正式の和解調書作成までの暫定措置として被控訴人名による合意書を作成することを提案した。被控訴人は、同月下旬、臨時取締役会を開いてこの問題の対処方を協議したが、会社として買戻義務を認めた合意書を作成したり、決算書類上損金処理を表面化させるような手形債務を負担することもできないとしたものの、提案書に記載した義務の履行期が迫っていたことから、問題を先送りするため、同月二八日、被控訴人の代表取締役会長山崎富治は、肩書なしの「山崎富治」名で署名捺印し、宛先を阪和興業代表取締役としての肩書を付けない「北茂殿」とした手書きの本件念書(甲一六の1。別紙六参照)を控訴人に差し入れることとした(甲一、六、一六の1、2、一九の1、2、三一の1、2、三二、三八、四〇、乙七七ないし七九、原審及び当審証人宮井、当審証人小島)。

9  阪和興業が平成二年一二月二七日から平成五年九月三〇日までの期間に発行したコマーシャルペーパーの利率は、別紙四記載のとおりである(甲一五)。

10  平成三年六月二六日、被控訴人は、控訴人が米国ストリップス債券を購入してこれを被控訴人が高値で買い受けて控訴人に約三億円の利益が出る形式により右金員を控訴人に支払い、控訴人は内部的にはこれを右の念書に記載された約定の利息として計上した(甲一九の1及び2、三五の2、当審証人宮井、同小島)。

しかし、その後控訴人と被控訴人との間で裁判上の和解調書の作成はされず、被控訴人から控訴人に支払を一括支払にする提案や支払額の三割程度の減免要請等があったりしたが、結局その後被控訴人は元利金の支払をしなかったため、控訴人は平成四年四月二日、本訴を提起するに至った。

11  なお、被控訴人は、平成四年三月一八日、東京地方裁判所において、顧客であった東京証券金融株式会社及びマルヤビジネスアソシエーツ株式会社から提起されていた各損害賠償請求事件において、東京証券金融株式会社に対しては請求額九九億円余に対して九二億円余の支払義務を認めてこれを分割して支払う旨の、マルヤビジネスアソシエーツ株式会社に対しては請求額一〇八億円余に対し一〇二億円余の支払義務を認めてこれを分割して支払う旨の、各裁判上の和解を成立させた。右各事件は、被控訴人の従業員(第一事業法人部次長ら)の株式投資の違法な勧誘行為による損害について被控訴人の使用者責任を問うものであり、被控訴人従業員らのした取引は、時価と乖離した価格により顧客同士が直接売買するのを斡旋した形態であって、本件の安田による取引と同じ形態の取引であった(甲五、四〇、乙八五ないし八七、原審証人安田、当審証人小島)。

二 争点2(消費貸借契約の成立の有無)について

前記認定の事実によれば、安田は控訴人に対して、三か月後に年利一二パーセント、六六億円の価格で、被控訴人において買い戻すか第三者に転売を斡旋するという約束をして、控訴人をして、菱樹から当時の相場価格をはるかに上回る六三億八一〇〇万円の価格で本件株式を買い取らせたことが認められる。

控訴人は、前記一6の契約は、被控訴人に対し六三億八一〇〇万円を利息一二パーセント、弁済期同年一二月二六日、特約として右弁済期に元本及び利息一億九三〇〇万三三九七円のほか二五九九万六六〇三円を付加して合計六六億円を返済するとの約定で貸し渡したもので、本件株式はその担保であるとの主張をし、甲六、三三、三四の1ないし12、三五の1ないし3、三六の1ないし4、三七、四三、当審における証人五十嵐の証言によれば、控訴人の内部においては、本件の六三億八一〇〇万円は被控訴人に対する貸金として会計処理されていることが認められ、原審及び当審における証人宮井の証言中には控訴人の主張に沿う部分がある。

しかし、前記のとおり安田の名前で控訴人に差し入れた本件提案書はその標題が「資金運用の提案」とされている上、その内容においても「運用」、「買受金額」「利回り」「買戻し価格」といった用語が用いられ、通常の金銭消費貸借契約の成立を証する書面(そこでは、貸付額、弁済期、利息、遅延損害金、担保等について明確に定められるのが普通である。)とはその形式と内容を著しく異にしているし、控訴人から被控訴人に六三億八一〇〇万円が交付されたわけでもない。そして、控訴人が貸金の担保であるとする本件株式の時価は、本件取引の当時「貸金」額の半額にも満たず(原審及び当審における証人宮井は「被控訴人のような信用のある証券会社に対しては無担保でも融資する」などと述べる。)、金銭消費貸借契約としては極めて不自然で経済合理性を欠くといわなければならない。また、安田は代表権を持たない一平取締役であって、控訴人主張のように六三億円余にものぼる巨額の金銭消費貸借契約上の債務を証券会社である被控訴人に負わせる権限があったとも認めがたい。

さらに、控訴人は、本件は、証券会社等において短期的な資金調達の目的のため実際に行われる売渡し価格と後日の買戻し価格があらかじめ定められているいわゆる「株式現先」取引があったもので、その場合は当事者の採用した法形式にかかわらず金銭消費貸借契約が締結されたと同視すべきである旨の主張もする(争点3の(一)(2)参照)。確かに、本件取引の場合、菱樹からの買入れ価格や被控訴人への売渡し価格は時価と乖離した所定の価格で定まっていたこと等に照らすと、本件取引はいわゆる「株式現先」と類似し、控訴人が本件取引を確定利回りによる担保金融的なものと主張するのも無理からぬ面がある。

しかし、菱樹が買戻し約束をした場合であるなら、菱樹と控訴人との間で「株式現先取引」があったと認定する余地もあるが、控訴人と被控訴人間の約定を問題としている本件取引は、控訴人と被控訴人との間でまず株式等の売買がありそれに買戻条件が付されているという場合ではないから、本件の取引が控訴人主張のようないわゆる金融を目的とした「株式現先」であったとは認めがたく(後にみるように、控訴人と被控訴人との間の約定の性質は、普通の条件付売買契約があったと認めるべきである。)、控訴人のこの点の主張も採用できない(なお、甲七、八、乙六六、原審証人安田、当審証人小島の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件取引以前に安田の斡旋により阪和興業傘下のトーヨー建鉄株式会社やエスケーエンジニアリング株式会社が他社の持株の売買により資金運用を行った取引においては、被控訴人との約束利回りが「7.8%以上」、「7.75%以上」等と不確定であり、かつ対象株式の銘柄の差替え(市場で予定利回りより高く売却できる場合には売却して他の銘柄に差し替える。)もあったようであり、菱樹と被控訴人との取引においては、本件を含む特定銘柄の決算期前後における「飛ばし」、「買戻し」のほか株式市場での取引による資金運用も行われていたことが窺える。本件取引は、そのような取引形態には該当しない。)。

その他、控訴人主張の金銭消費貸借契約の成立を窺わせるべき証拠はない。したがって、争点2についての控訴人の主張は採用できない。

三 争点3(買戻条件付売買契約成立の有無)及び争点6(同契約の公序良俗違反の有無)について

1 本件提案書による約定の内容

前記一6で認定した本件提案書の作成の経緯に照らせば、安田と控訴人の間で、控訴人が菱樹から本件株式を安田の指示した価格である六三億八一〇〇万円で購入した上、平成二年一二月二六日限り、代金六六億円で被控訴人が買い戻すか又は被控訴人以外の別の第三者に買い取らせることを斡旋する旨の約定が成立したことは明らかである(ちなみに、いわゆる「飛ばし」といわれるものの中には、証券会社が顧客と顧客との直接取引を斡旋するだけで、証券会社が顧客と顧客との間を転々流通した株式を最終的に引き取る約束まではしないものもあり得るが、本件はそのような場合には当たらない。)。

そして、右約定の性質について考察するに、控訴人は右契約を「買戻条件付売買契約」と主張するが、最初の売買は控訴人と菱樹との間に成立しており、控訴人と被控訴人との間に後の買戻しを前提とした売買が行われたわけではないから、控訴人と被控訴人との間の約定は、安田の示した価格で控訴人が菱樹から本件株式を買い取ったときは、将来安田の示した価格で被控訴人が買い取る旨を約した普通の条件付売買であったと認めるべきである。したがって、これを買戻条件付売買契約と呼ぶのは正確ではないので、以下の判断においては、安田と控訴人との間に成立した約定を「本件条件付売買契約」と呼ぶこととする。

被控訴人は、本件提案書に基づき安田が約束したものは単なる投資運用委託契約であって、控訴人が買戻価格として主張するものは、安田の提示した運用目標額に過ぎない旨主張し、乙五九や原審証人安田の証言中にはそれに沿う部分があるが、採用できない(右約定中には、被控訴人以外の第三者に同価格での売却を斡旋するとの趣旨の部分があるが、被控訴人以外の買取先がないときは結局被控訴人が買い取るとの内容であると認められるから、前記認定を左右するものではない。)。

2 本件条件付売買契約の改正証券取引法五〇条の三第一項該当性

ところで、安田の右行為は、後記のように、当時法令で禁じられていた有価証券の売買その他の取引について損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘に該当すると認められ〔旧証券取引法五〇条一項三号、五号(旧健全性省令一条二号)〕、安田は被控訴人の取締役であったものの、被控訴人がそうした安田の行為を明示的又は黙示的に容認していた形跡はないから(当審証人小島の証言によれば、むしろ被控訴人は、市場価額と乖離した価格による株式の直接取引を斡旋した安田の行為は、少なくとも権限外行為ないし証券取引所会員証券会社としての証券取引所の規制に抵触する行為であると見ていたことが窺える。)、安田が控訴人との間に締結した右条件付売買契約の効力が被控訴人に直ちに及ぶかどうかは問題のあるところであるが、仮に控訴人主張のように右契約が控訴人と被控訴人との間に効力を有するとしても、被控訴人は、右契約は、改正証券取引法施行前の行為であっても、いわゆる「飛ばし」取引として公序良俗に反し無効であると主張しており、右無効の主張が認められるとすれば、控訴人の本件条件付売買契約に基づく売買代金としての六六億円の請求は理由がないことに帰するから、以下、まず、本件条件付売買契約が改正証券取引法で禁止された行為に該当するか否かについて判断する。

(一)  被控訴人による買戻し又は売却斡旋約束

前記一6で認定したとおり、本件は、控訴人が安田の依頼により菱樹から評価損の出ていた本件株式を、安田の指示により、時価から著しく乖離した六三億八一〇〇万円という高価格で購入した上、被控訴人が三か月後に利回り一二パーセントを超える六六億円でこれを買い戻し又は第三者に売却斡旋することを約束したものである。

そこで、まず、控訴人の本件条件付売買契約に基づく履行請求の根拠となっている右買戻し又は売却斡旋約束の面についてみると、前記認定の本件条件付売買契約の当時、本件株式の相場価格が買取価格の半値程度しかなかったことは安田のみならず原審及び当審証人宮井も認めているところ、当時の株式市場の状況からすれば三か月後の買戻約束の時点で株価が約束の買戻価格はもとより控訴人の買取価格にも回復する見込みは到底なかったのであり、本件条件付売買契約においては、契約時点において、既に本件株式の買取価格と決済予定時期の相場価格との差額相当額の損失が生じることになることは明らかであったといわなければならない。そうすると、時価よりはるかに高額で、三か月後の約定の時期に時価が買取価格にまで達することが到底期待できない状況の下で、買取価格に更に約定の利回り相当額を加えて買い戻し、又は第三者への売却斡旋を約束することは、まさしく株式取引につき、顧客たる控訴人に約定の三か月後の決済時期において「損失が生ずることとなり、又はあらかじめ定めた額の利益が生じないこととなった場合」における自己又は第三者による損失補てん等のために損失保証ないし利益保証を約束したもので、改正証券取引法五〇条の三第一項一号に該当するものというべきであり、控訴人は右の事前の損失保証・利益保証に基づいて契約の履行を求めるものにほかならない。

控訴人は、同号にいう「損失が生じることとなり」又は「利益が生じないこととなった場合」における「損失」及び「利益」とは、市場の相場価格での取引を前提として、相場の変動によって生じた損失及び利益に限られるものであるから、本件のように相場価格と無関係に取得価格及び買戻価格が定められた場合には、同号に該当する余地はない旨主張する。しかし、同号は、特に右にいう損失又は利益が直接的に相場の変動に伴う市場取引により生じたものであることに限定した規定を設けていない。また、本件におけるような時価と著しく乖離した市場外における直接取引は、それ自体証券の価格形成を歪めるおそれがあるのみならず、市場価格と無関係に設定される価格による取引であるが故にかえって顧客の自己責任の原則に反するものであることはいうまでもない。さらに、本件のように飛ばしの受け皿会社が買い持ちした株式を証券会社が最終的に買い戻す約束をしている場合はもとより、証券会社が斡旋して顧客間の直接取引の方法をとる場合についても、これを改正証券取引法五〇条の三第一項一号の規制から外した場合には、証券会社は、市場における証券売買などの取引で損失を生じた原始顧客や、これを買い持ちした飛ばしの受け皿会社に対しても、後の市場外での買戻し又は直接取引の斡旋の方法により容易にその補てんや利益追加ができることになってしまい、いわば法律の抜け道を容認することになるのであって、証券市場における有価証券取引の公正さと有価証券の円滑な流通の確保を目的とする(改正証券取引法一条)改正証券取引法の立法趣旨からそのような解釈は採用することができない(ちなみに、東京証券取引所定款(昭和二四・四・一制定)二三条は、会員証券会社の市場外における上場有価証券の売買を原則として禁止するとともに(市場集中義務)、市場外売買が許される場合についても、その約定値段は、市場における時価を基準として適正なものでなければならない旨を定めている。当審証人小島の証言からは、被控訴人が安田のした本件取引が右の観点からも問題があるとの認識の下に、後記のとおり本件提案書による義務の履行を極力回避しようとしたことが看取できる。)。

また、控訴人は、本件は、証券会社において短期的な資金調達の目的のため実際によく行われる売渡し価格と後日の買戻し価格があらかじめ定められているいわゆる「株式現先」取引(株式の買戻条件付売買)があったに過ぎず、その場合は改正証券取引法五〇条の三第一項一号の適用は除外されるべきであるとの主張をする。しかし、本件の事実関係の下においては、取引の実質は菱樹の決算対策のために行われたものであるにせよ、当事者を控訴人と証券会社たる被控訴人として、控訴人が主張するような金融目的の株式の「現先取引」が行われたと認めることはできないし、また、改正証券取引法五〇条の三第一項一号の適用が除外される取引は、同法施行令一五条の三によれば、同法二条一号から四号まで及び八、九号が掲げるいわゆる債券等の買戻条件付売買のうち証券会社が専ら自己の資金調達のために行うものに限られており、本件はそのような場合に当たらないから、この点からも控訴人の主張は理由がないことは明らかである(控訴人は、右施行令一五条の三が、改正証券取引法五〇条の三第一項一号の適用除外の対象に株式の買戻条件付売買を掲げていないことは不合理であり、適用除外を否定する根拠にならないとの主張をするが、採用できない。)。

(二)  控訴人による菱樹からの買受行為

次に、翻って、控訴人が安田の斡旋により時価と乖離した価格で本件株式を菱樹から買い受けた行為の改正証券取引法五〇条の三第一項該当の有無を検討する。

前記一1ないし6までに認定したように、阪和興業の傘下会社は、一定の又は一定以上の利回りの約束の下に安田に投資資金の運用を任せたり、安田の勧誘により取得価格を上回る額による買戻し又は利回りの約束の下に他の事業会社等から時価と乖離した価格で株式を引き取ったり、これを引き取らせたりする「飛ばし」の当事者となってきたことが認められるところ、本件は、菱樹保有の株式について評価損が生じていたため、安田が阪和興業を介して控訴人に「飛ばし」の受け皿となることを依頼し控訴人がこれに応じたものであり、控訴人が本件株式を菱樹から時価と乖離した二倍近い価格で購入することは、とりも直さず被控訴人に協力して菱樹の損失を補てんするか又は利益追加を行う結果となることは、前記の経緯から控訴人としても認識し得たと認められる。そうすると、控訴人の右行為は、安田及び被控訴人の菱樹に対する改正証券取引法五〇条の三第一項三号による損失補てん等の実行に、右五〇条の三第一項三号にいう第三者として間接的に協力するものというほかはない(控訴人は、菱樹の本件株式の取得時期、取得価格を知らなかったから、菱樹に対する損失補てん等の認識はなかった旨主張するが、採用できない。なお、右の改正証券取引法五〇条の三第一項三号該当性は被控訴人・菱樹間の取引について問題となるのであり、控訴人・安田間の本件条件付売買契約自体が右条項に該当するものではない。この点は、後に検討する本件条件付売買契約の公序良俗違反性及び不法行為の成否において考慮すべきである。)。

3  損失保証・損失補てん等に関する証券取引法の改正

ところで、事前の損失保証・利益保証や損失補てん等の実行に関する証券取引法の改正の経過は、次のとおりである(公知の事実。なお、甲二六、乙七二、七三、最高裁平成五年(オ)第二一四三号平成九年九月四日第一小法廷判決参照。)。

(一) 旧証券取引法五〇条一項三号は、有価証券の売買その他の取引につき、証券会社又はその役員、使用人は、顧客に対して当該有価証券について生じた損失の全部又は一部を負担することを約して勧誘する行為をしてはならないとし、また、旧証券取引法五〇条一項五号に基づく旧健全性省令一条二号は顧客に特別の利益を提供することを約して勧誘する行為を禁止していた。

旧証券取引法五〇条一項三号または五号に違反した場合には、その行為をした証券会社や外務員に対し、証券業の免許の取り消し、業務の停止(同法三五条一項二号)、外務員の資格取消し、職務の停止(同法六四条の三第一項二号)等の行政処分が課されるのみで、刑罰が科されることはなかった。なお、旧証券取引法には顧客に損失が生じた後にその損失を補てんする行為については、これを禁止する規定が設けられていなかった。

(二) ところが、平成元年一一月ころ、一部の大手証券会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんを行っていたことが発覚して、大きな社会問題となり、証券取引の公正性と証券市場の透明性を確保する観点から、証券会社の営業姿勢の適正化が強く求められることとなった。そこで、大蔵省は、同年一二月二六日、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳に慎むべきこと等について、所属証券会社に周知徹底させるよう要請した。

一方、日本証券業協会は、平成元年一二月二六日、右通達を受けて、同協会の内部規則である「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(昭和五〇年二月一九日、公正慣習規則第九号)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行わないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎むものとし、取引の公正性の確保につとめるものとする。」との規定(同規則八条)を新設した。

(三) その後、平成三年六月に、大手証券会社四社を中心とする被控訴人を含む多数の証券会社が巨額の損失保証、損失補てんを行っていたという、いわゆる証券不祥事が表面化したことを契機に、平成三年法律第九六号をもって旧証券取引法が改正され、改正証券取引法五〇条の二は、刑罰をもって損失保証・利益保証、損失補てん等を禁止することになった。改正証券取引法は平成四年一月一日から施行され、その後、右五〇条の二の規定は、平成四年法律第八七号により一条繰り下げられ、五〇条の三として現在に至っている。

改正証券取引法五〇条の三は、一項において、事前の損失保証・利益保証の申込み、約束の禁止(一号)、事後の損失補てん・利益追加の申込み、約束の禁止(二号)、事後の損失補てん・利益追加の実行の禁止(三号)を定め、二項において、顧客についても、その要求により損失保証・利益保証の約束等をすることを禁止している。そして、右改正証券取引法は、違反行為に対しては懲役刑を含む刑罰を科するものとし(一九九条一号の六、二〇〇条三号の三)、さらに、顧客が財産上の利益を得た場合にはその利益を没収・追徴することとしている(二〇〇条の二)。

4 本件条件付売買契約の公序良俗違反性

ところで、事前の損失保証・利益保証は、元来、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであり、反社会性の強い行為であるといわなければならず、このことは、右改正証券取引法の施行前においても、異なるところはなかったというべきである。そして、損失補てん等の実行も、その多くは事前の損失保証・利益保証に基づいて行われるものであるから、反社会的性格を有することは損失保証・利益保証の場合と同様であったというべきである。

もっとも、旧証券取引法の下においては、損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘等は違法な行為とされていたものの、行政処分を課せられていたにすぎず、学説の多くも損失保証・利益保証契約は私法上有効であると解しており、事後の損失補てんの実行等に関しては法律上の禁止規定さえ設けられていなかったから、従前は損失保証・利益保証や損失補てん等が反社会性の強い行為であると明確に認識されてはいなかったものといえる。しかし、前記のとおり、平成元年一一月に証券会社が損失補てんをしたことが大きな社会問題となり、これを契機として、同年一二月には、大蔵省証券局長通達が発せられ、また、日本証券業協会も右通達を受けて同協会の規則を改正し、事後的な損失補てんを慎むよう求めるとともに、損失保証や特別の利益提供による勧誘が法令上の禁止行為であることにつき改めて注意が喚起された等の経過からすれば、この過程を通じて、次第に、損失保証・利益保証や損失補てん等が証券取引の公正を害し、強い社会的非難に値する行為であることの認識が形成されていったというべきであり、遅くとも、控訴人が被控訴人との間で本件条件付売買契約(控訴人の主張では「本件買戻条件付売買契約」)を締結したと主張する平成二年九月二六日当時においては、既に、損失保証・利益保証や損失補てん等が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在したものとみるのが相当である。

そうすると、被控訴人との間の損失保証・利益保証約束を内容とし、被控訴人による菱樹に対する損失補てん等の実行に第三者として協力する結果となる本件条件付売買契約は、上記の平成二年九月二六日当時の社会的認識に照らすと、公序に反し無効といわなければならない。したがって右契約に基づき六六億円の売買代金の支払を求める控訴人の主位的請求2は失当である。

四  争点1(本件和解契約の成立の有無)及び争点5(同契約の公序良俗違反の有無)について

本件念書作成に至る経過は前記一8及び9のとおりと認められる。そして、本件念書は、被控訴人の実質オーナーであり代表取締役会長である山崎富治から阪和興業の代表取締役社長である北茂に対して差し入れられたものであって、その作成経過及び文面に照らし、これを単に右地位にある個人間の合意のみを表現したものということはできず、控訴人、被控訴人双方の会社間の合意を含む文書とみるのが相当である。しかし、他方、控訴人は本件提案書が本件株式について被控訴人の買戻義務を定めたものであることを前提にその義務の履行を求めたのに対し、被控訴人は、本件提案書に基づく買戻義務の履行ないしその義務の存在を会社として文書上認めることは前記のような問題があることから、安田の斡旋不履行に基づく被控訴人の損害賠償責任があるにすぎない旨を主張して折り合いがつかず、結局、被控訴人が最も懸念した本件提案書による被控訴人の義務の性質決定は将来即決和解を行う際に調整することとして先送りし、取りあえず、被控訴人の本件提案書に基づく本件株式の六六億円による売却あっせん義務の不履行を認めた上、その義務履行の猶予期間を三年間と定め、右猶予期間中の控訴人が負担する六六億円の資金調達金利の負担について暫定的な定めをするとともに、平成三年九月末日までに裁判上の和解調書を作成すること、これらの合意内容について、山崎富治は被控訴人に履行させることを確約し、万一、控訴人・被控訴人間においてこれらの合意を骨子とする和解が成立しなかったときは、被控訴人に代って山崎富治が履行することを確約する本件念書を、双方の代表取締役の立場にある山崎富治と北茂間の念書としてまとめたものであって(甲一六の1、三二、三八、乙七七ないし七九、当審における証人宮井、同小島)、本件念書は、その成立の経緯、形式、内容からして、本件提案書に関する控訴人・被控訴人間の確定的な和解の合意をした文書と認めるのは困難である(本件念書作成後、これが山崎富治の印鑑登録証明書(甲一六の2)と共に封印され、控訴人側の宮井重光監査役と被控訴人側の石田浩司代表取締役専務により株式会社埼玉銀行(現あさひ銀行)日本橋支店に封緘書類保護預り手続をとって寄託するという慎重な取扱いがされた(甲六)こと、前記認定のとおり、本件念書作成後、被控訴人から控訴人に、約三億円の金員が支払われ、控訴人においてはこれを本件念書記載の調達金利の負担に関する約定の履行として社内処理したことをもってしても、控訴人主張の本件和解成立の根拠とするに足りない。)。

なお、本件念書によって、控訴人主張のように本件提案書に関する確定的和解が成立したと解するとしても、前記認定のとおり、その内容は、結局本件提案書の義務の履行をめぐって、その履行の猶予に伴う諸条件について双方互譲の結果成立したものに帰着するのである。そうだとすると、本件和解契約は、本件提案書による条件付売買契約の履行に関して成立したものにほかならず、右条件付売買契約が前示のとおり公序に反し無効であると解せられる以上、本件和解契約もその公序良俗違反性が払拭されるものではない。したがって本件和解契約に基づいてその履行を求める控訴人の主位的請求1は失当である。

五 争点4(不法行為に基づく損害賠償請求の成否)について

1 特別利益提供約束による勧誘の不法行為該当性

(一)  前記のとおり、損失保証や特別の利益提供による証券取引の勧誘は、本件当時に施行されていた旧証券取引法の下でも禁止され、これに違反した場合は、行政処分の対象とされていたものである。そして、従前は、損失保証・利益保証や損失補てん等が反社会性の強い行為であると明確に認識されてはいなかったものの、前記のとおり平成元年一一月に証券会社が損失補てんをしたことが大きな社会問題となり、これを契機として、同年一二月には、大蔵省証券局長通達が発せられ、また、日本証券業協会も右通達を受けて同協会の規則を改正し、次第に、損失保証・利益保証や損失補てん等が証券取引の公正を害し、社会的に強い非難に値する行為であることの認識が形成され、遅くとも、控訴人と安田との間で本件条件付売買契約が締結されたと主張する平成二年九月二六日当時においては、既に損失保証・利益保証や損失補てんが証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在したものとみられることは前記認定のとおりである。

そうすると、被控訴人取締役第一事業法人部長という要職にあった安田としては、そのころに本件におけるようないわゆる「飛ばし」の受け皿となることを控訴人に依頼し、控訴人のために利益保証等の約束をして、市場外で時価と著しく乖離した価格による本件のような条件付売買契約を締結することは、その権限がないのみならず、それ自体証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものとして公序に反し、強い社会的非難に値する行為であることを十分認識していたはずであり、これを厳に慎まなければならなかったものといえる。しかるに、安田は自己の立場を弁えず、しかも、本件株式の被控訴人による買戻しについては前後の事情から到底その実現の見込みがなく、かつ安田としてはその職務権限がないのに、その権限があり、被控訴人においてもそれが可能であるかのように虚偽の事実を表示して勧誘し(この安田の行為は、旧証券取引法五〇条及び旧健全性省令一条二号で禁止されていた損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘であったというべきである。)、控訴人をして菱樹からの本件株式の買取り費用として時価から著しく乖離した六三億八一〇〇万円を出費させ、控訴人に損害を被らせたもので、民法七〇九条による不法行為責任を免れない。

(二) 安田の右不法行為により控訴人の受けた損害は、控訴人が出費した六三億八一〇〇万円から、本件条件付売買契約の決済期限とされた平成二年一二月二六日における本件株式の時価二八億一八一五万円を控除した三五億六二八五万円と認められる。本件株式が名義変更により控訴人に確定的に帰属したのは、平成三年一月七日であると認められる(弁論の全趣旨)が、このことは、右損害額の認定を左右するものではない。

(三) そして、免許業者である被控訴人において安田の右のような行為を予め認識し、容認していたとは解せられないが(原審における証人安田の証言中には、本件の「菱樹→コーラク」「コーラク→菱樹」、「菱樹→控訴人」等の取引についてはその内容を逐一被控訴人に報告し了解を得ていたとの部分があるが、乙七九、当審における証人小島の証言等に照らし採用できない。)、一般に証券会社の役員、使用人が行う証券取引の勧誘は、証券会社の事業の執行として行われ、安田による買戻し約束を伴う本件株式の菱樹からの買取りの勧誘も、証券取引の勧誘の一環としてなされたものであるから、安田の右行為は外形からみて被控訴人の事業の執行の範囲内に属することは明らかである。

(四)  一方、本件の取引は、前記のとおり安田の勧誘により控訴人がいわゆる菱樹の「飛ばし」の受け皿となったものであり、前記一1ないし6に認定の経過から、控訴人としても安田の勧誘に従い「飛ばし」の受け皿となって証券会社との間に本件のような株式の条件付売買契約を締結することは、当時社会的に問題となっていた株式取引における利益保証や損失補てんに該当する可能性があることを認識できたものと認められる。

そして、このような認識を持ちながら、結局安田の要請に応じた控訴人側の落度も否定できないが、先に述べたように、本件取引は、菱樹からの買入れ価格と被控訴人への売渡し価格が予め定まっており、その意味で担保金融的な色彩がないとはいえず、本件取引の行われた旧証券取引法の下では、学説の多くは損失保証・利益保証は私法上有効と見てきたのであり、事後の損失補てん等もこれを禁止する規定は旧証券取引法上は設けられていなかったこともあって、控訴人が証券会社の損失保証等を伴なう「飛ばし」の受け皿となることが公序に反する行為であることの認識を本件当時強く持たなかったとしてもある程度宥恕すべき事情があったと考えられるのに対し、被控訴人は証券市場の仲介者として公正中立性が強く求められる免許を受けた証券会社であって、証券取引の公正実現に向けて証券取引に関わる法令、通達、協会規則等を了知し、これら法令等を遵守すべき立場にあり、安田のした行為の違法性は著しいものであること等本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、過失(不法性)の程度は被控訴人の方がより大きいというべきであるから、控訴人の損害については、約四割の過失相殺をして二二億円とするのが相当である。また、弁護士費用については、本件事件の内容及び日本弁護士連合会会規報酬等基準規程(日弁連会規第三八号による改訂前のもの)等を勘案して一億円の限度で認容するのが相当である。

2  被控訴人の主張4(二)(3)(特別利益提供約束の勧誘に不法行為は成立しない。)について

被控訴人は、旧健全性省令一条二号の「特別の利益提供による勧誘」における「利益」と改正証券取引法五〇条の三にいう「財産上の利益提供」における「利益」は同じ範疇に属し、後者の新設により前者は原則的に後者に吸収されたと解すべきであるとし、損失保証・利益保証等の約束の下に行われた証券取引により生じた損害について不法行為を理由としてその賠償を求めることは、改正証券取引法五〇条の三第一項が網羅的に損失保証・利益保証の履行や損失補てん等の実行を禁止している趣旨を潜脱するもので許されないと主張する。

しかしながら、旧証券取引法の下におけるいわゆる「飛ばし」取引に関し締結された株式の条件付売買契約に基づきその履行を求めることと、違法な損失保証・利益保証による勧誘に基づく証券取引について、これを不法行為としてその損害賠償を求めることは別個の問題であって、後者を直ちに改正証券取引法五〇条の三第一項の脱法として拒否することは相当ではない。ことを実質的に考えても、証券市場における正常な価格形成機能の保持と証券取引の公正性の保持に第一次的な責任を有する証券会社が、自ら違法な損失保証・利益保証の下に投資勧誘をして控訴人に資金提供させ、自己の他の顧客に対する損失補てん等の目的を達成しておきながら、控訴人からの損害賠償請求に対しては改正証券取引法五〇条の三第一項の規定等を根拠にこれを拒否し、損害を控訴人にのみ帰せしめることは、正義衡平の理念に反することは明らかであり、改正証券取引法五〇条の三第二項が、証券会社の顧客に対しても、同条の三第一項各号の損失保証、損失補てん等の約束又は財産上の利益を受ける行為を自ら要求し、又は第三者をして要求させてした場合に限り罰則をもって禁止している法意に照らすと、損失保証・利益保証の申し出をして証券取引を勧誘した証券会社ないしその役員、使用人側と、右申し出を信じて証券取引をした顧客の双方の不法性の程度を比較して、顧客の不法性の程度がより強く、損害賠償請求を認容することが公序維持の観点から相当でないと認められる場合に、初めて不法行為の成立が否定され、あるいは民法七〇八条の類推適用によってこれを拒否することができると解するのが相当であり、そうでない場合は右請求を認容すべきである。

そして、本件の場合には、先に述べたように、安田は、証券市場における正常な価格形成機能の保持と証券取引の公正性について重大な責務を有し、免許によって庇護された証券会社たる被控訴人の取締役であって、最も証券取引法等の法令を遵守しなければならない立場にあったこと、控訴人が要求して本件の契約に至ったものではなく、安田による菱樹のための本件株式の「買い持ち」の要請に応ずる形で契約が締結されたこと(しかも、安田の勧誘による本件条件付売買契約の結果として、控訴人の出捐により被控訴人から菱樹に対する違法な損失補てんないし利益追加が行われたことになる。)、一方、本件直前までは、学説の多くは損失保証・利益保証は私法上有効であるとし、事後の損失補てん等もこれを禁止する規定は旧証券取引法上は設けられていなかったこともあって、証券会社の損失保証等を伴なう「飛ばし」が社会的に強い非難に値する行為であることの認識を顧客である控訴人において本件当時強く持たなかったことにも宥恕すべき事情があったと考えられること等に照らせば、被控訴人側の不法性に比べ、控訴人側の不法性は低いというべきであるから、不法行為の成立を肯定すべきであり、かつ民法七〇八条の類推適用によって本件不法行為に基づく請求が許されないということはできない。

なお、被控訴人は、控訴人が阪和興業とともに「飛ばし」の受け皿となることに積極的であり、常習的に損失補てんを求めていた等として、安田の行為が不法行為に当たる余地はないとも主張する。なるほど、阪和興業がその傘下企業により「飛ばし」取引を含む株式取引による資金運用の経験があったこと、本件取引も阪和興業傘下の控訴人が安田の要請に応じて菱樹の本件株式を「飛ばし」により「買い持ち」しようとしたものであることは前記認定のとおりである。しかし、控訴人が「飛ばし」の受け皿になることに積極的であったとか、常習的に損失補てんを求めていた等、本件取引の態様において不法行為の成立の認定の妨げとなる事実関係を認めるべき証拠はない。

したがって、被控訴人の前記主張は採用できない。

六  争点7(不法行為に基づく損害賠償請求権の時効消滅の成否)について

被控訴人は、控訴人は、和解の交渉をした平成二年一二月に不法行為の解決のための交渉であることを認識しており、不法行為に基づく損害賠償請求について訴の変更による請求の追加を行った平成八年九月二四日までには三年が経過したから消滅時効が完成している旨主張する。

前記一8、9に認定のように、本件和解に至る過程において、被控訴人の責任の根拠として控訴人は買戻義務不履行といい、被控訴人は安田の斡旋不履行に基づく被控訴人の損害賠償責任(これは不法行為責任を前提とするもので、被控訴人も控訴人の損害について「応分の負担」をする意思であったことが当審における証人小島重常の証言から十分窺うことができる。)と主張して折り合いがつかず、このことは将来即決和解を行う際に調整することとされ、結局被控訴人の支払義務の根拠と履行期日の延期に伴う諸条件について互譲の結果、履行猶予とその間の金利負担等の暫定的合意及び将来の即決和解の内容の骨子についての合意が成立したものである(山崎富治会長の履行保証の合意の点はここでは措く。)。ところで、控訴人は、原審で平成五年六月一日に陳述した同年四月二六日付訴変更申立書により、訴を変更して、和解契約に基づく請求原因の追加を行い、その中で「被控訴人が安田を担当者として行った本件取引に関する特別利益の提供を伴う断定的推奨に基づく取引の斡旋不履行等を原因とする不法行為による商法二六一条三項、七八条、民法四四条、七一五条に基づく被控訴人の全面的責任の発生を認めたうえ、決算状況の都合等を理由に、平成二年一二月二六日の履行期日の延期を申し入れた」ことを和解の原因として主張し、被控訴人も右期日において陳述した準備書面(平成五年六月一日付)で右主張に対して否認の答弁をしていることが認められる。そうだとすれば控訴人が原審で主張した和解契約に基づく請求原因(当審においてこれを主位的主張に請求原因を変更した。)の中には被控訴人の不法行為責任(使用者責任)を追及する趣旨を含んでいると解すべきであるから、訴の変更により和解契約に基づく請求原因の追加を行った平成五年六月一日に不法行為に基づく請求権について裁判上の請求があり、時効は中断していると認めるべきである(控訴人は、このような考え方を争う被控訴人の主張に対して前示のとおり反論を加えており、黙示的に右時効中断の主張をしているものと認める。)。したがって、被控訴人の上記抗弁は採用できない。

また、控訴人としては、本件について、原審以来、安田の本件提案書に基づく契約や和解契約が締結されたことを前提として、消費貸借契約、売買契約、和解契約を請求原因とする請求を被控訴人に対して行ってきたところ、右各請求は、前記のとおり理由がないものと認められるものの、訴の当初から右各請求の原因がそれ自体不合理で根拠がなく、控訴人が根拠のないことを知っていたり、又は容易に認識し得たとも認めるべき証拠はない。そうすると、控訴人の右請求が認められる場合には、控訴人に安田の行為による損害は生じないことになるから、控訴人が被控訴人の被用者である安田の行為によってその出費による損害を被ったことを確実に知るに至るのは、右貸金請求、売買代金請求又は和解金請求にかかる訴訟について控訴人敗訴が確定したときであると解するのが相当である。したがって、いずれにせよ被控訴人の上記抗弁は理由がない。

第四  結論

そうすると、控訴人の被控訴人に対する請求は、予備的請求である不法行為に基づく損害賠償請求のうち金二三億円及びこれに対する不法行為後の平成三年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、主位的請求及びその余の予備的請求はすべて理由がないから棄却すべきである。よって、これと異なる原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六四条、六一条を、仮執行の宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官大島崇志 裁判官豊田建夫)

別紙<省略>

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